子供を産むということが初めてリアルになった日

妊活日記
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私が“子を産む”ということを自分事して初めて意識したのは20代ぎりぎりのある日のことでした。そんな日のことを少し振り帰ろうと思います。

社会人になってからのグレーな日々

大学を出て、限りなくブラックに近い、グレーな会社に入社。

学生時代からお付き合いしていた彼氏には、仕事が忙しすぎて心の余裕が持てず情緒が若干不安定だった私は泣きわめいてボックスティッシュを投げつけ、愛想をつかされてフラれました。

それからかれこれ3年はがむしゃらに働き、彼氏が居ないどころか友達とさえかなり疎遠になっていました。

友人からはそのがむしゃら期間をあまりにも連絡が取れなかったので『空白の三年間』などと呼ばれていました。

その後はゆったりとした事務職に転職をし、大卒友人の第一次結婚ラッシュがちらほらと始まり少し焦りを感じ、婚活(当時はご無沙汰すぎる恋愛を始めようと軽い気持ち)を始めたのです。

最初のころはちょこちょこ街コンに行って、あまり成果がなさそうなので、次は婚活パーティーにも何回か顔を出してみました。

しかし心躍るような出会いもなく、さらに焦ってた私は、合コンに顔を出しまくります。最高で週に3回は参加していた時もあったような。(遠い目)

合コン三昧の日々も心身ともに疲労し、さらにお財布事情も圧迫していたので、いったんお休みをしていた時に

ブラック気味のグレーな会社の同期の結婚式に参加したことによりあっさりと彼氏ができました。

この時、グレーな会社で働いたことも無駄じゃなかったのね!とあの会社に感謝したものです。

あっさりと結婚

その時は結婚なんて私にはまだまーだ先の先ぐらいのことだろうなと考えていたのですが、事態は本人が意図しないときの方がとんとんと進んでしまうもののようです。

私は東京、彼の所在地は名古屋。

遠距離恋愛というやつですが、月に1回くらいのペースで会うことで恋愛ご無沙汰の私はちょうどいいお付き合いでした。

しかし、お付き合いして半年が過ぎたころ、私の住んでいた賃貸マンションの更新時期があり何気なく

「部屋更新だからお金かかるから金欠だわー」

(首都圏では大体1~2年更新で、約1か月分の賃料を更新料金として払います)

とぼやいていると、「じゃあ一緒に住もうか、名古屋で」と焼き鳥屋でさらっと言われました。

今思えばその時まだ5.6回しか私たちは顔を合わせていなかったのですが、それでよく一緒に住むなんて決断で来たな、旦那よ。と懐の広さを感じてしまいます。

そんなこんなで付き合って1年もせずに、私は名古屋に引っ越し、そのままの流れであっさりと結婚をしました。

あれ?これって夫婦生活大丈夫なのかな?

そんなさなか、やっと私は、あれ私はすごい生理不順なのだけどこれで同棲とかしたら彼を困らせてまうかな・・・と初めて考えだしました。

初潮のころからかなり不順なほうで、月に2回生理がきたり、来なかったり、今度は出血がだらだらとずっと続いたりとまともな生理周期はほぼ皆無

さらにグレーな会社で乱れた生活習慣で生理不順に拍車がかかりました。

酷いときは、ほぼ2.3ヶ月の間ずっと少量の出血が続くこともあり、これではせっかくの同棲生活でも夜の生活がまともに行えないのではないか・・・?

新婚ほやほやなのに毎日「今日生理なのごめん」と言い続けることになるのではないか・・・?

これはあかん・・・と思いました。

そしてぼんやりとあたまの片隅に、これでは子供を産むこともできないではないかと初めて自分が子供を産むということを意識し始めたのでした。

もちろん、いつかは子供を授かって、家族が増えてなんてぼんやり未来計画は昔からありましたが、“子供を産むということ“はそれまでどこか他人事で、自分自身のこととして考えたことはなかったように思います。

まさに対岸の火事、そう思っていたからこそ長年の生理不順をほっておいてしまったのです。のちにこのことを反省する日がやってきます。

生理不順の方は若くても行きづらくてもお早めに病院に!!

もっと早くに通院していれば体外受精まではいかなくても子供を授かることができたかもしれないと思うと、いまでも少し後悔が募ります・・・


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