おばあちゃんと私 

くだらない日記
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私は、両親や兄と顔が似ていないと言われることが多く、つい数年前は、久々に会った遠方の親戚に私は兄の嫁だと勘違いされていました・・・

たまに冗談で「橋の下で拾って来たのか?」なんて言われているのも聞いたことがありました。

私は捨て猫かなにか?

ただ、誰にも似ていないというわけではなく、同居していた父方の祖母に顔も性格もそっくりだそうです。

年老いたおばあちゃんのよぼよぼ顔しか知らないので似ていると言われもピンと来ないのですが、よくケンカはしていたので、似たものどうしだったのかもしれません。

明治時代に産まれて大正、昭和、平成という激動の時代を生きたおばあちゃんと私が産まれてくるまでの話。

人が産まれてくるという奇跡を改めて噛みしめながら書いてみました。

奉公に出るまで

おばあちゃんは北関東の田舎の小さな村で、産まれました。

家は、村の裕福な家だったようで、今でいうぴったり合う仕事があるのかわからないのですが、家を建てるときに大工さんや材木店などと家を建てたい個人との仲介をする仕事だったそうです。

ある時の夏に2度の台風が立て続けにその地域を襲いました。

その時に、請け負っていた建築中の家を補強するのに、たくさんの木材を添え木として使ったらしいのですが、それを見た近隣の住人が、勝手にその添え木を外して自分の家の補強に使ってしまったことが原因で、台風に耐えることが出来ず、建築中の家が何件か倒壊しました。(今じゃありえないけど、当時ならよくある出来事らしい・・・)

当時保険制度なんてものもあるわけもなく、その倒壊した家を建て直す代金などは仲介業のおばあちゃんの家が持つことになり、経営で首が回らなくなりだしたそうです。

そんなときに、おばあちゃんには少し知能的成長に遅れた兄が居たらしいのですがその兄が火遊びをした際の火の粉が家に燃え移り、藁ぶきで出来た燃えやすい家は一瞬で全焼しました。

一門無しになったおばあちゃんは、遠くの料理屋に奉公に出されることになりました。いわゆる丁稚奉公というやつですね。

出会いと別れと出会い

大人になったおばあちゃんは、川崎で居酒屋を営んでいた両親のもとに上京しました。そして、某大手食品メーカーの工場で働き始めます。

そこでおばあちゃんは、上司に一目ぼれをされ、結婚を申し込まれました。やるねおばあちゃん!!

しかし、恋愛結婚なんてものが馴染みの薄かった当時、昔気質な父親(私の曽祖父にあたる人)に大反対されます。

おばあちゃん父
おばあちゃん父

どこの馬の骨かわからん奴と結婚させるわけにんはいかない!!

そして、おばあちゃんは私のおじいちゃんとなる人と無理やり結婚させらることになったのです。

第二次世界大戦

そんな中第二次世界大戦がやってきます。身重な体で、さらに小さな子供を抱きかかえながら防空壕で過ごした日々の話は本当に何度も聞くことがありました。

ある時、防空壕の中で、空襲をやり過ごしていると、誰かが防空壕の中でマッチを擦ったそうです。人が密集して換気孔もないただの壕の中、息苦しさを感じて酸素の有無を調べるためだったようでした。

すると、一瞬ついてすぐ消えてしまう火。

この中だと酸欠で死んでしまうぞ!!

そう思ったのか誰かが口走ったのかはわからないですが、一斉に、みんなが防空壕の外に走りだしました。

その時身重の体だったおばあちゃんは自分は防空壕の中に残ることを決めじっとしながら死を覚悟していたそうです。

するとすぐそこですさまじい轟音が聞こえてきて、ふと入口に目をやると今さっき走り出て行った人がみんな倒れているのが見えたそうです。

ああ、私は助かったのか・・・

おばあちゃんはボケてからは本当に日に何度もこの話をするようになりました。

さらにこの時、おばあちゃんは長男に当たる息子(私のおじさんにあたる人)を戦争により亡くしました。

父の誕生

父は、末っ子長男、姉というドラマのタイトルみたいな環境で産まれました。

本当の長男だった人は戦争で亡くなっていたので、実質跡継ぎが居ない状況。“跡継ぎ”としての男子がとても望まれているような時代だったこともありますが、やっとできた男の子でした。(そのため甘やかされて育ったからか好き嫌いがやたら多いのは困りもの・・・)

その後、高度経済成長期を迎え父もぬくぬくと成長します。残念ながらおじいちゃんは経済力がある方ではなく、毎日畑を耕し、牛や鶏を飼ってその日の生計を立てるので精いっぱいな日々だったそうです。

そういえば父から、小さい頃はにわとりと一緒に寝てた、という話を聞いたことがありました。

そしてある日一緒に寝ていたにわとりが捌かれているのを目撃してから鶏肉が食べれない父。

人生の分かれ道

そんなある日。おばあちゃんが新聞を読んでいると、昔働いていた某大手食品メーカの記事を見つけました。

そこには、おばあちゃんに昔結婚を申し込んだ人の名前がその会社の役員として載せられいたそうです。

あのとき曽祖父の反対を押し切って結婚していたならばおばあちゃんは田舎の土地で、手を泥だらけにしながら畑作業をする日々ではない、もっと楽な人生が送れていたのかもしれません・・・

しかし、おばあちゃんがこの人と結婚していたなば、今の私という存在は産まれてはきませんでした。

さらに、戦争でおじさん(跡継ぎ)が亡くならなければ、年老いてまで父を産もうとは思っていなったとも思われます。

私が今こうしてここに居れるのはとてつもないたくさんの出来事が奇跡のように積みかなって存在しているということですね。

それにしてもおばあちゃんお金には縁のない人生だったのね・・・苦労しただろな。


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