初めての胚盤胞移植 後編 ~私仕事辞めました~

妊活日記
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私付き合いでゴルフやってたんですが、(ホントやる気なくて全然上達しませんが)

コロナでゴルフのお誘いもないし、妊活で金かかるしで、ゴルフ道具売り払いました・・・

査定したところ、6万5千円で購入したクラブセットが6千円になりました・・・

内、千円分はゴルフバックのケースの値段でした・・・

果たして私はその差額分の5万9千円分使ったと胸を張って言えるでしょうか?

いや明らかに使ってない・・・

悲しい。

そんな悲し気な本日は、初めての移植周期後編です~

いつも通りの日常?

初めての移植周期だからといって特に普段と変わりなく、だらだらと仕事してたまに散歩してぐらいのゆるりとした日常を過ごしていました。

が・・・

私仕事辞めました。

ちょうど移植の前日の日が最終出勤日。

妊活で有給なんて使いまくっていたのでもちろん、最終出勤日までずっと働いてました。

仕事を辞めた理由1

私が仕事を辞めた理由は主に2つあります。

1、うまく対応できない人員配置になっていた

前の記事でもお話ししていたかと思うのですが、私は元々本社所属で新規事業部の補佐役みたいなことをしていたのですが、結婚を機に名古屋に行くことになり、名古屋支店に出社し、仕事はそのまま本社の仕事を行うという少しややこしい感じになっていました。

遠隔での仕事はやはり顔が見えない分なかなか難しいこともあったのですがそれでも業務をこなせていたのは、一部仕事を手伝ってくれていた総務のお姉さんが居たからなのです。

このお姉さん1伝えれば、10理解してくれるめちゃくちゃ優秀な方で本当に神のような存在。

しかし、お姉さんも子育てやらいろいろあり、辞めてしまいました。

元々、私と上司、そしてお手伝いしてくれるお姉さんの3人でなんとか回っていた新規事業部。

これこの後どうするのかな・・・と思っていると総務で臨時採用されていた、Iさんがお姉さんの後任になってくれることに。

このIさんは、重度のうつ病により障害者手帳を交付されている方でした。

誤解が無いように言いますが、障害者だからどうこうということを言いたいわけではなく、この時の会社の対応に疑問があったのです。

このころ本社で、障害者の採用を積極的にしよう!という話がありました。

会社的には障害者をあと1名採用すると、助成金を受けることが出来る!という目論見がありこういう話になったような背景がみえみえでした。

それならば・・・受け入れる側の態勢を整えておけよ!!!!

と私は言いた・・・

実際採用したはいいもの、障害者の採用をしたことのない会社。

どうしていいか持て余していたところに、新規事業部の空席。

ちょうどいいじゃんとねじ込まれたIさん。

Iさんは因みに総務として採用する説明を受けていたそうです。

これ・・・契約違反では・・・?

Iさんだってせっかく採用された会社が雇用条件違うからって辞めるとか出来ないでしょうし、なかば強制的に新規事業部に回されたそう・・・

新規事業部の仕事はイレギュラーなことが多く、マニュアルもない仕事、さらにお客様からクレームを受けることも日常茶飯事で、正直私もいつもひやひや、イライラしながら臨機応変な対応が求められていました。

そもそも総務でルーティンワークをするように言われて入社したのに、このかけ離れた部署に移されるIさん。不憫すぎる・・・

私も最初は上司がしっかりフォローをしてくれるのかと思っていたら、元々かなりの自由人の上司。

ほぼ本社に顔を出さず、フォローどころではありませんでした。

前の会社でいろいろあったというようなぼんやりとした背景を聞いていたので、私も言い方を穏やかにするように、業務を与えすぎないように気を付けたりしてはいたのですが、なんせ会話が全部社内チャットなので感情がわからない・・・

またIさんの詳しい症状までは私は聞いていなかったのですが、少しパニックになりやすい傾向があるようで、

ミスをする→怒られると思い自分で対応しようと頑張る→自分で対処しきれなくなりパニックになり連絡してくる

という流れが多々見受けられました。

わかるよ・・・私もとあるきっかけで学生時代パニックになりやすい感じだったし、それで心療内科行ったこともある。

たまに「Iさんいっぱいいっぱいそうなのでしばらく見ててもらえますか?」と上司にお願いしても誰も見てくれている様子もない・・・

「もう一人誰か採用してほしいのですが」とお願いしても、「今は予算がないから・・・」と言われる。

この繰り返しで1年半ぐらい経ったのですが、

まあ、

つまるところ、私が限界を迎えたわけです。

妊活の落ち込みとあいまって、私自身も正常でいられなかったのかなと思う。

Iさんはそんな状況でめちゃくちゃ頑張っていたと思う・・・

そもそも本社の仕事を名古屋に持ってきていたのも良くなかったわけです。あれ?根本の原因は私じゃねえか。

仕事を辞めた理由2

2、同僚が怖かった・・・

2つ目の理由なのですが、まあそのままです。

私は少し会社から遠い病院で不妊治療していたので、早退や遅刻もそこそこ多かったです。

それもなんかちょろちょろ影で言われてるのもわかってはいたのですが、気にしないようにしてました。

しかし、体外受精にいよいよ挑戦するという時に、会社の40周年記念を祝うパーティーが開催されるということになり自体は明るみに出てしまったように思います。

40周年のパーティーは東京で開催されるとのことで特別な用事がなければ、全社員参加するように言われていました。

しかし私は採卵の日がちょうどそのあたりの日に被りそうな予感があり、

「もしかしたら行けないかもしれないです」と言っていました。

これが反感を買うことになっていたとはつゆ知らず・・・

名古屋支店の女性陣は休日を返上してまでわざわざ東京まで行って会社のお偉いさんが集まるパーティーなんて行きたくない!!と思っていたところに、知らされた『私の不参加』。

なんかさ、イラっとしない・・・

まゆげさんだけずるくない???

という心理が働いたようです。

後日、病院のスケジュールがはっきりして実際は行けることになったのですが

なんと、私の分だけ新幹線のチケット抑えてもらえませんでした・・・

女性陣は時間等相談してまとめてチケット買ったそうなのですが、私はハブられたわけですね。

(もちろん行けることになった旨は伝えていましたよ。)

それを知った日、私は涙をこらえながら仕事をしました。

これは行けるんだか、行けなんだかはっきりさせなかった私にも非はあります。

もう行くの辞めようかっなと思ったりもしましたが、そこはよくわからない対抗心が芽生えました。

意地でも行ってやる!!!

一人チケットの予約をしたわけです。

そして当日、いっせいに現れた名古屋の女性陣、一人ぽつんと現れた私、傍目からみても不仲に見えたのではなかと思います。

このパーティーの直後、上司に仕事を辞めたいというお話しをしました。

もちろんこの日のパーティーは全く楽しめず、『社長だいぶ・・・後頭部きてるなあ・・・』という社長の毛根の心配くらいの感想しかありません。

心が軽くなった

結局なのですが、仕事辞めて本当に、本当に良かったです。

金銭的にはかなり厳しいですが・・・貯金切崩しながら生きてますが・・・

心はめちゃくちゃ軽くなりました。もうふわふわです。

あれだけ頻発してた偏頭痛もなくなり、不眠症まで改善されました・・・

しかし、金銭的に厳しい中での体外受精。

移植の回数は今年は3回まで!と決めてトライすることに。これでダメならバイトしてお金を貯めることにしようと夫婦で話し合いました。

3回目の移植がダメなら、ベリーショートの金髪にしてもがみもがみたいになって、おしゃれカフェで若者たちときゃっきゃうふふとバイトしよう。

実際仕事と体外受精を両立させることは職場に恵まれていれば全然可能です。

でも少なからず、通院回数は増えるので、多少の早退や遅刻は否めません。

それを許してくれるような人間関係や実績を築くことも大事なのだなと思いました。

そんなこんなで、無職で迎えた、移植当日のお話しはまた次回。

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